大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

奈良地方裁判所 昭和62年(ワ)417号 判決 1991年3月27日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

多田実

右同

横田保典

被告

奈良県

右代表者知事

上田繁潔

右訴訟代理人弁護士

中嶋輝夫

右指定代理人

門川裕一

外四名

主文

一  被告は原告に対し金五七万五一四六円及びこれに対する昭和六二年六月二二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その二を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、三八一万一三八〇円及びこれに対する昭和六二年六月二二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、警察官の不法行為により損害を被ったとして、国家賠償法一条一項に基づき損害賠償を請求した事案である。

一争いのない事実

訴外乙野二郎(以下訴外乙野という)は、昭和六二年六月二二日当時、被告奈良県の公務員で、奈良警察署JR奈良駅前派出所に、巡査として勤務していた。

二争点

1  国家賠償法一条一項の成否(訴外乙野が、昭和六二年六月二二日午後九時一五分ころ、JR奈良駅前の路上において、原告に対して行った職務行為が違法であるか否か)。

2  損害額。

第三争点に対する判断

一国家賠償法一条一項の成否について

<証拠>によれば、次の事実が認められる。

1  本件現場付近の状況は、概略別紙図面(一)、(二)のとおりであり、同所は、奈良県公安委員会により西から東への一方通行及び駐車禁止場所の指定がなされている。

2  訴外乙野は、昭和六二年六月二二日午前八時三〇分から、巡査部長の訴外丙川三郎(以下訴外丙川という)と共にJR奈良駅前派出所の勤務についていた。

3  原告は、同日午後九時一〇分ころ、普通乗用自動車(以下原告車という)を運転して、JR奈良駅前に至り、別紙図面(二)の原告車と表示した奈良市三条本町一〇番地の二先の横断歩道上に右自動車を停車させた。

原告の友人である訴外丁沢四郎(以下訴外丁沢という)と訴外戊田五郎(以下訴外戊田という)は、路線バスに乗って奈良市古市町に行くため、右駅前のバスターミナルに向かう途中、原告車を発見し、依頼した結果、原告に古市町まで送ってもらうことになり、訴外丁沢は原告車の助手席に、訴外戊田はその後部座席に乗り込んだ。

そのころ、右横断歩道上には、原告車のほかに、別紙図面(二)の①には赤色スカイライン(以下①の自動車という)が、同図面の②には白色のスターレット(以下②の自動車という)がいずれも東向に停車していた。

4  訴外乙野と訴外丙川は、奈良市南京終町で傷害事件が発生したので、現場に出動するように指示されて、奈良駅前派出所から同所に赴いたのち、それぞれ単車に乗って右派出所へ向かっていた。

その際、訴外乙野は盛夏略衣の制服のうえに夜行衣を、訴外丙川は盛夏略衣の制服をそれぞれ着用し、いずれも白色ヘルメット被っており、一見して警察官であることが判る服装をしていた。

5  訴外乙野と訴外丙川は、別紙図面(二)の③付近まで来た時、前記のとおり原告車ほか二台の自動車が横断歩道上に停車しているのを発見した。

右道路は、奈良県公安委員会より駐車禁止場所に指定されているうえ、横断歩道は、道路交通法四四条により停車及び駐車が禁止されている場所にあたるため、訴外乙野と訴外丙川は、原告車ほか二台の自動車が道路交通法に違反しているとして、まず右自動車の運転者に対し職務質問を行い、警告で足りるものは警告で済ませ、検挙すべきものは検挙すべく、右自動車に近付いて行った。

6  しかし、右三台の自動車のうち②の自動車の運転者は、南方から二人の警察官が来るのを発見し、最初に、右自動車を前進・右折させて、走り去った。

そこで、訴外乙野と訴外丙川は、残った原告車及び①の自動車が逃走するのを防止しようと考え、乗車して来た単車を、訴外丙川は、①の自動車の前方約一メートルの所に止め、訴外乙野は、原告車の後方約2.2メートルの所に、よく見えるように、そのスタンドをたてて停車させた(右のような状況を、原告は十分認識していた)。そして、訴外丙川は、①の自動車の運転席横付近に至り、窓を叩いて運転免許証の呈示を求めたところ、右自動車が急に後退して走り出したため、別紙図面(二)の④付近まで約一九メートル追い掛けたが、追い付けず、その追跡を諦めた。

訴外乙野は、右のとおり①及び②の自動車が逃走し、目的とした職務質問が失敗に終わったことを熟知していた。

7  同日午後九時一五分ころ、訴外乙野は、単車を止めたのち、エンジンを掛けたまま停車している原告車の運転席横付近に至り、前屈みの状態で、窓を叩きながら運転免許証の呈示を求めたが、運転者から何らの応答もなく、またもや同車も逃走すべくゆっくりとした速度で前進し始めたことから、これを停車させて、職務質問を継続するため、所携の警棒で同車のフロントガラス及び天井端付近を数回にわたりかなり強く殴打し、右ガラスの破損(全面にわたり蜘蛛の巣状に割れる)と天井端付近に四か所凹損を生じさせた。

8  右のように原告車が破損されたことを知った原告は、憤激し、直ちに同車を停車させて降車し、訴外乙野に対し、「車どないしてくれんねん。弁償してくれ。」などと怒号しながら詰寄ったところ、同訴外人から、左顔面を警棒で殴打され、その場に倒れ込んだところを公務執行妨害の現行犯人として逮捕された。しかし、右公務執行妨害の被疑事実には、その十分な根拠はなかった。

原告は、右警棒での殴打により加療約一週間を要するる左外眼角部擦過創の傷害を負った。

9  訴外乙野は、逮捕後、原告を引きずるようにして前記派出所へ連行した。

10  奈良警察署の警察官が、報道関係者に対し、「乙野巡査が、違法駐車していた原告に職務質問しようとしたところ、原告が急発進して同巡査の右足を轢いた。その際、同巡査の差し出した警棒でフロントガラスが割れ、下車してきた原告と格闘になった。同巡査は、原告を公務執行妨害罪で現行犯逮捕したが、格闘の際に原告も七日間の怪我をした。」旨発表したため、右発表が同月二四日サンケイ新聞朝刊に掲載された。

11  その後、右事件について、勾留請求がなされなかったため、原告は、同月二五日処分保留のまま釈放された。

12  検察官は、同年一一月一二日原告に対する公務執行妨害、傷害被疑事件につき、いずれも嫌疑不十分を理由に不起訴処分をした。

なお、証人乙野は、「原告が、原告車を前進させる前に一旦後退させ、右後退の際、その右前輪で自己の右足を轢過した。」旨証言するが、①原告が、原告車を前進させるについて何らの妨げとなる事情もないのに、わざわざ、同車を障害物(訴外乙野の単車)のある後方に後退させて逃走しようとしたとするのは不自然であり、また、②警察官が自動車の運転者に対し職務質問するに際しては、接触事故等による危険防止のため、自動車との間に安全な距離をおいているところ(証人乙野の証言)、本件では前記認定のとおり、原告車はエンジンを掛けたまま停車していて、いつでも発進し得る状態にあったうえ、職務質問に対し、同車内から全く応答がなかったことなどの状況もあったから、通常の場合よりも車との距離をおく必要があったと考えられること及び訴外乙野の職務質問の際の姿勢等からして、原告車が停車位置からそのまま後退した場合に、右前輪で轢過されるような位置に、訴外乙野の右足があったとは考え難いから、これを信用することはできない。

また、証人乙野及び丙川は、「原告は、原告車から降車するなり、訴外乙野に対し、大声で怒鳴りながら、両手首を掴み、足蹴りをする暴行を加え、揉み合いとなった。」旨供述するが、そもそも、訴外乙野より体力が優れているとはみられない原告が、一時的にせよ、逮捕術の心得のある同訴外人の両手(右手に警棒を所持していた)を制圧する事態が発生することは予想し難いうえ前記認定のとおり、訴外丙川は、そのころ、右現場から約一九メートルしか離れていない場所にいたから、右のような状況が発生したとすれば、当然訴外乙野に加勢して、原告の抵抗を排除するための行動に出ていたと考えられるのに、そのような形跡はないこと(証人丙川の証言からは、右現場付近にいたヤジ馬の整理にあたる以外に、訴外乙野の行動を助ける必要がなかったことが窺われる)などに照らし、そのまま信用することはできない(<証拠>のうちこの点に関する記載も同様に措信できない)。

そこで、右認定事実をもとに、訴外乙野が原告車を警棒で殴打し、停車させようとしたことが違法か否かについて検討するに、警察官職務執行法二条一項の職務質問に際しては、相手方に対する説得を継続するため、相当と認められる限度において有形力を行使することができるものと解されるところ、訴外乙野が、横断歩道上に停車している原告車を発見し、運転者である原告に対し、窓を叩いて運転免許証の呈示を求めた行為が適法であることは明らかであるが、逃走しようとした原告車のフロントガラス等をかなり強く殴打し、破損させた行為は、原告に対する嫌疑が道路交通法違反(駐停車違反で、罰則は罰金刑のみである)で、その罪質も軽微なものであったこと、これに対し、原告車の被害の程度が大きいことなどに照らせば、職務質問を継続するため原告車を停車させる措置としては、著しく相当性を逸脱した違法なものと言わざるを得ない。

次に、現行犯逮捕及びこれに続く逮捕状態の継続が違法か否かについて検討するに、訴外乙野は、確たる根拠もなく、原告を公務執行妨害の罪を犯した者として現行犯逮捕したものであるから、右逮捕は違法であり、その後の釈放されるまでの逮捕状態の継続もまた違法性を帯びるものと言わなければならない。

以上のとおり、訴外乙野の職務質問のための停止措置及び逮捕とその状態の継続に右のとおり違法があるところ、これは訴外乙野の故意又は過失により原告に対し加えられたものであり、また前記のとおり訴外乙野が被告奈良県の公権力行使にあたる公務員で、右不法行為は、訴外乙野がその職務を行うにつきなしたものであるから、被告は、国家賠償法一条一項により原告の被った損害を賠償する責任がある。

二損害額について

1  治療費(請求額三万一三七〇円) 二万五一五〇円

<証拠>によれば、原告は、①昭和六二年六月二二日石洲会病院において、前記傷害の治療を受け、その費用として一万七二五〇円を要したこと、②その後も、訴外乙野の殴打が原因して体調が思わしくなかったため、釈放後の同月二六日京都大学医学部附属病院(以下京大病院という)及び吉川病院(京大病院の紹介による)で頭部の精密検査を受け(結果は異常なし)、その費用として七九〇〇円を要したことが認められる。

なお、<証拠>によれば、原告は、右のほかに、昭和六二年六月二九日徳洲会病院において、頭部の検査等を受け、その費用として三七八〇円を要したことが認められるが、前記京大病院等の検査の結果、頭部に異常がないことが判明しているのに、同様の検査を繰返したものであるから、右費用をもって、本件不法行為と相当因果関係にある損害ということはできない。

2  車の修理代金(請求額二〇万四〇一〇円) 二〇万四〇一〇円

<証拠>によれば、原告は、原告車の修理代として二〇万四〇一〇円を要したことが認められる。

3  レッカー車代(請求額五〇〇〇円) 五〇〇〇円

<証拠>によれば、原告は、公務執行妨害事件により押収されていた原告車を奈良警察署から修理会社まで運搬するのに、レッカー車代として五〇〇〇円を要したことが認められる。

4  メガネ代金(請求額三万六〇〇〇円) 二万円

<証拠>によれば、①原告は、訴外乙野による違法な行為がなされている途中に、メガネを紛失したこと、②右メガネは、原告が昭和六一年末ころ、三万円から四万円で購入したものであること、③原告は、昭和六二年六月三〇日従前のものとほぼ同じようなメガネを代金三万六〇〇〇円で買ったことが認められる。

右認定の従前のメガネの使用期間、両メガネの購入価額等を総合勘案すると、新たに購入したメガネ代金のうち二万円をもって本件不法行為と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。

5  休業損害(請求額三万五〇〇〇円) 二万九八六円

<証拠>によれば、原告は、①前記のとおり昭和六二年六月二二日午後九時一五分ころから同月二五日まで身柄を拘束されたため三日間、京大病院と吉川病院で検査を受けるため一日の合計四日間仕事を休まざるを得なかったこと(徳洲会病院における検査については、前記のとおり相当因果関係がない)、②昭和四二年二月二〇日生で、父親の経営する鉄工所に勤務しているところ、その当時、少なくとも一か月一五万七四〇〇円(賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計の年令階層別平均給与額を1.0701倍したもの)を下らない収入を得ていたものと認められるから、休業損害は、次のとおり二万九八六円となる(原告は、皆勤手当相当金一万円の支払も求めているが、これを認めるに足る証拠がない)。

15万7400円×4/30=2万986円

6  慰藉料(請求額三〇〇万円)二〇万円

訴外乙野の職務質問に対する原告の態度にも問題があったことのほか、本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、慰藉料額は二〇万円をもって相当と認める。

7  弁護士費用(請求額五〇万円)一〇万円

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らせば、本件不法行為と相当因果関係にある弁護士費用は一〇万円をもって相当と認める。

8  以上を合計すると、損害額は五七万五一四六円となる。

(裁判官大谷正治)

別紙図面(一)(二)<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例